クルマと馬と、人の気持ち。/人馬一体か、人間中心か。kogatounten.com

みんなの様子

水島さんは元々、およそ2年前に、乗馬をしにいくため、そして北海道の馬産地を巡る旅をひとりで成し遂げるために運転の練習を始めました。その様子は以前ブログでご紹介したのですが、

乗馬のため馬産地巡りのために始めたクルマの運転なのに、やってるうちに運転楽しいかもって思えてきて、わたしここまで来たら左ハンドルのMTまで練習してみようかと思うんですが。

今日はその続きの話。そう、水島さんのカーライフは続いてるんです。もう脱ペーパードライバーしてるのにずっとコツコツどんどん進んでいるんです。今日は、クルマを練習する過程で新しく生まれた夢のひとつ、スポーツカーに挑戦した日のことのおハナシです。

>馬より言うこときく。思い通りに走れる、動かせる。馬の方が大変
>相棒にしたいと思った。「もっと上手に乗ってあげたい」と思うのが、馬と一緒

>けど、クルマの世界における「じゃじゃ馬」にも乗ってみたい
>乗りこなせるようになりたい

この人は本当によく頑張って、今年6月には大きなリスクを伴う手術を乗り越えました。脱ペーパードライバーの取り組みのきっかけもその手術で、万が一事故があれば目が見えなくなるリスクがあるから見たいものは全部見ておきたい、というのがきっかけでした。もちろん北海道にも行けたし、ちゃんと無事にかえってこれて良かった。本当に。

で、練習をする中で、「そういえばコガさんはいつもスポーツカーの話やロードスターの話をするのに、一向に乗せてくれないじゃないですか。いつになったら乗せてくれるんですか???」って言われていて(それは水島さんだけでなく結構何人も途中で興味を持ち始める)、もう水島さんくらいMTも平気、左ハンドルも平気、一人で北海道も走れる、てなったらそろそろいいかなと思い、マツダ株式会社 国内広報部 様に、経緯から相談して報車をお借りしてきました。

ロードスター RF

です。

天候にもある意味恵まれ。涼しい曇天のワインディングを、路面の感触を確かめるように走って行く様は、もうペーパードライバーだなんて遙か昔の話で、ちょっとやそっとのドライバーでは彼女の運転の質を超えられないんじゃないでしょうか。

i-DM、2nd STAGEとはいえ、これはななかなかいいでしょう!

 

ここまで来たら、人馬一体と言われる初代や、歴代ロードスターにも乗ってみたい。優しくて賢くて忠実なのもいいけど、乗馬のことを思うと、もっとじゃじゃ馬だったりそういうのも乗りこなせるようになりたい!って言ってて、近々また、NCやNAや他にもABARTHみたいな輸入車も、改めて乗ってみましょうね、って話しました。今、COVID-19の影響で、大好きな乗馬が思うように出来ないんですって。クルマが、そのもどかしい気持ちを補ってくれるんですって。そんなこと言われたら、やっぱりぼくとしては、べつに速くなくていいし上等出なくていいから、乗って楽しい・降りて余韻のある楽しいクルマに乗せてあげたいなと思います。

以下はわたしの思っていることですが、

NDロードスターの誕生のときには色々と賛否両論ありました。それでもどうしても生まれてこなければいけない宿命を背負ったある意味極めて儚いプロダクトだとも思いました。

歴代ロードスターが物理(走行感覚)を徹底的にデザインした結果、外観はがブサカワのヘンテコである(だがそれが唯一無二のことであり、絵で描いても一目でわかるキュートな感じな)のに対し、

NDは鼓動デザインの文法を反映しつつ一般的なFRスポーツカーとしての造形美を追求したもので、そうであるが故にNAをつくった当時にドライブ体験を「定義」した「人馬一体」を捨てることになった。そうしてでも、会社としては新しいロードスターを世に放つことを優先・実現したという、とても複雑なストーリーを持ったクルマだと思います。S30Zとか、FRフェラーリとか、古いアルファロメオとか、あの辺の雰囲気ですね。ロングノーズでキャビンが後ろにあって、っていう。

このことに関するわたしのTwitterが少しバズったのでこちらをご覧ください。引用リツイート先のコメントも興味深いです。

「人馬一体」という言葉は、初代、ユーノスロードスターをつくったときに、その乗り味を「定義」したものです。
現代のMAZDAのクルマづくりの思想は、「人間中心」へと移行しています。

人馬一体という言葉はロードスターを語る上で残っているものの、今のそれは、かつてのそれと、少しニュアンスの異なるものだとわたしは思っています。ですから、RFを語るには、RFはRFである前にNDロードスターであり、それまでの人馬一体&Zoom-Zoomで形成されたNABCロードスターとは真逆ともいえる「人間中心」という概念から生まれてきた、物理的には別の乗り物であると理解した方が自然だと私は思っていて、お客様にもそう話しています。(Twitter参照)

だからこそ、歴代ロードスターが提唱したの人馬一体の世界も、改めて味わって欲しいなと思っています。(その一環として、私自身のNAロードスターを、スパイスレンタカー岩倉店にて、いつでも走らせられるようにしてもらっています。

https://spice-carrent-sys.com/rsv/rentacars/detail/201/3/

クルマの気持ちをくみ取りながら呼吸を合わせていく人馬一体か、
自分の思ったとおりに動く万能感・安心感に近いものを喜びとする人間中心か、

どちらもそれぞれの魅力がありますし、これらが行き着く先は同じなのかもしれないけれど、”Zoom-Zoom”で世界中からペットのように愛されることを目指してきたMAZDAの行く先が、道具としての精度の高さの追求に変化することを目指すのだとしたら、少し寂しい気もします。確かにクルマはあくまでも快適に暮らす道具で、クルマに乗らないといけないわけではないと、奥田民生も歌っている。

「好きになる」って、相手の意思ががあってこそだと思うんですよね。わたしはね。昔、ぼくもそんな話をYouTubeでしましたので、よかったら聴いてくださいホンダFITがこれをCMソングに使ったときはびっくりしました。

シン・ゴジラや、シン・エヴァンゲリオンという映画作品があるけれど、シン・とタイトルをつけた人はこのへんがよくわかっている(ある意味あざとい)と思います。ロードスターで言えば、これまでの物理や走行感覚を人馬一体やZoom-Zoomという言葉で定義して脈々と紡いだ歴史を断ち切ってってでもこれまでロードスターが積み重ねてきた「カルチャー」を、新しい形で現代社会に「具現化した」ということなのだと思います。ちょっとお買い雄物に行く時間が彩りを持つ」とか、オーナー同士のコミュニケーションのきっかけになるとか、そういう文化的側面を現代において維持する(あるいは進化させる)ために生まれてきたことがこのクルマの偉業であると思います。だから、ロードスターを名乗っていると。

この流れでカルチャーのハナシをもう少しだけお話すると、ロードスターには世界的にそれはもう熱狂的ななファンが多いことも、ロードスターを語る上で欠かせない要素です。世界各国にいるファンは数知れず、国内でも毎月のように、どこかでオーナーズミーティングが脈々と開催されてきました。COVID-19の影響で各地での開催が次々と中止に追い込まれる中、今も尚、徹底的な感染症対策を施しででも開催したいと奮闘する人達もいます。それは、ロードスターが道具であることを超えて、それを介して繋がる人と人とのつながりをもたらすコミュニケーションのツールであり、オーナーの人生そのものを変えてしまうチカラすら持っているということです。これについては、下記YouTubeでその様子をご覧いただければば幸いでセす。ロードスターがなかったら、その人の「心」は、しんでしまうんです、それくらい、もう、その人たちにとっては大切な乗り物なんです。

そしてNDは見事にこの輪の中に溶け込み、新しいロードスターの文化を今日も育てています。NDがある意味、物理的な異端児だからこそ、他の歴代モデルも乗ってみたいと思う人が出てきて、ロードスターを複数台所有する人もいます。そんなクルマ、他には数えるほどしかないのではないでしょうか。それこそ、911やフェラーリの世界観で、それを桁一つ小さな世界で楽しめるわけですから、ロードスターがもたらす幸せは、キャッチコピーのとおりだと思います。

さて、水島さんはスポーツカーは満足したということで、こんどは、将来的に牧場で馬のお世話出来るようになるために、馬や牧草ロールをトラックの練習をするらしいです。

まさに何でも乗れる人になっちゃいそうで楽しみですね!
いやでも、3トンまでだからね!ぼくが責任持って見守ってあげられるのは!!

自動車開発テストドライバー 古賀章成
kogatounten.com

【協力】
車両:MAZDA ロードスタ RF MT (マツダ株式会社広報車)
https://www.mazda.co.jp/cars/roadster-rf/?car_id=roadsterrf

 

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